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春の輪音ラン迷宮路地裏散策

3月25日(日)スミだんなさん主宰の輪音ランに参加してきました。
暖かくなったせいか集合場所の柏原市役所前には17名が集結、いつもの?大所帯に!!





点呼とブリーフィングを済ませいざ出発、大和川を遡り、支流原川に移動川沿いにはサクラが7分咲き春を満喫しながら走ります。


やがて大阪と奈良の県境、関屋越えを通り旧道の里程標を見学(大正9年)
各方面の道路元標への距離が刻んである。



そして奈良県香芝市に入って関屋越えのピークの旗尾池で休憩。


今日もガード率が高い輪音ランです。


休憩後、関屋を下った所から旧家が並ぶ路地裏に入っていきます。


逢坂神社に参拝。


続いて大坂山口神社。





この神社は相撲所縁の神社で馬場組と言う、今で言う相撲部屋(組合、協会)みたいなものが有ったらしい。記念碑に軍配が・・・!


境内に土俵もあったらしく観客用の石積みの桟敷も残っている。


昔はここで、こんな風に相撲が行われてたのでしょう、ハッケヨイノコッタ(笑)!!(スミだんなさん提供)


いや~楽しいひと時でした!!!


さらに路地裏散策は続く。(穴虫界隈の旧家)




さらに深く!?


排水口の形が・・・どこかで見たような???


家の周りに小さなお堀がある旧家も!


まさに迷宮に迷い込んだように何処をどう走ったのか分からなくなって来ます??!!




そしてコンビニで食料を調達、香芝市役所横の綺麗な公園(今池親水公園)で昼食。


食後は自転車談義に花が咲くのは言うまでも無く!!池の周りも花が咲くm(_ _)m!


サクラの下で記念撮影。本日の面々(スミだんなさん提供)


昼食後は気温も上がりお花見サイクリングのような感じで当麻寺を目指します。



サクラがほぼ満開の当麻寺に到着。




当麻寺でゆっくりしたあとは車の多い穴虫峠は避けて、来た道と同じ関屋超えをして
柏原市役所前で解散となりました。


普段何気なく通っている道でもいざ路地に入って見ればおもわぬ発見がある事に気付かせてくれる輪音ランでした。スミだんなさん有難うございました、参加の皆様お疲れ様でした。


サクラが咲くこの時期、プライベートが忙しくなりそうです!と言う事で「春の輪音ラン迷宮路地裏散策」の巻でした。


自作滑車チドリの取り付けと試走

自作滑車チドリをランドナーに取り付けて試走して見ました。
取り付けたのはVendredi26HEランドナー。



リアから、以前はMAFACのチドリを付けていました(このチドリも個人的にお気に入りです)が、シックリ収まっていて高級感が増した気がしています。(自己満ですm(_ _)m)




クビレがセクシー!?(笑)!!



そしてフロントも!





そしてワイヤーのすっぽ抜けが無いかどうか試走してきました。



淀川堤防からの坂道を下って(内心ヒアヒア物!?)強めのブレ-キングをしたり色々試してみましたがノープロブレムでした。





DC980カンチブレーキのフィーリングともマッチしてこれで他のスポルティーフやランドナーにも安心して付けられそうです。



と言う事で「自作滑車チドリの取り付けと試走」の巻でした。


観梅ポタと木曽三川クラブラン

3月10日(土)は大阪城梅林までポタリング、ナニワ銀輪堂さんまで寄り道して帰って来ました。







外国人を含め結構な人出でした。



大阪城梅林全景。



もう春はそこまで来ていますね!!



そして3月11日(日)は先週下見を敢行した木曽三川クラブラン本番。
下見の時と同じ時刻に大阪駅に到着スポルティーフを分解して輪行袋に収納。


JR青春18切符で大垣駅までの2時間半の列車旅。途中車窓から雄大な残雪の伊吹山が現れます。



大垣駅に到着。自転車を組み立てコース説明後、先ずは先週訪れなかった大垣城を見学。この日は下見人4人+クラブメンバー9人の13人で木曽三川を目指します。




船町の八幡さんでそれぞれ湧き水を補充。



下見どおり水門川に向かいます、途中、京都伏見の十石舟が浮かぶ宇治川派流に似た
景色を見ながらゆっくり走ります。


そして水門川沿いを走って木曽三川のひとつ揖斐川に向かいます。
この日、私は、はぐれた時の保険?として殿(しんがり=最後尾)を勤めます。


やがて養老山脈(正面)を右に眺めながら揖斐川を下ります。



そして宝暦治水、薩摩藩儀没者のお墓に到着。




続いて同じく、薩摩藩儀没者が祀られている「天照寺」を見学。


本堂にある資料館を見学。


近くのスーパーで各々お弁当を購入。当時、薩摩藩が寝泊りしていた役館跡の公園で昼食をいただきます。


宝暦治水の責任者、薩摩藩 家老 平田靭負(ひらたゆきえ)の銅像。
責任を果たしたあとここで自刀したと伝えられています。


昼食後は大江川を走って、海津市まで走り。


海津市民俗資料館に到着。



資料館入り口には揖斐川と長良川の堤防の高さのちがいを表す目印が貼られています。


洪水の多かったこの地域から稲を守るために先人があみ出した「堀田(ほりた)」という
耕法が資料館の敷地に実際に作られていました。



資料館見学後は再び大江川沿いの「ええ道」を走って木曽三川公園を目指します。
本日のコースリーダー、グランボアランドナー650 36Bを駆るM谷さん。





しばらく走って木曽三川公園のシンボルタワーが目前に見えてきました。




そして木曽三川公園に到着。


タワーに登る前に今回は公園内も散策。



頻繁に起きる洪水から米や食料を守るために石垣で嵩上げされた「水屋」が実物大で展示されていました。



そして地上65メートルのタワーに上って木曽三川を眺望。


治水神社に参拝して。


今回は帰りの時間を考慮して下見時よりショートカット、近隣の養老線(2両編成の前1両がサイクルトレイン)「多度」駅から輪行で帰阪しました。と言う事で「観梅ポタと木曽三川クラブラン」の巻でした。


木曽三川と薩摩藩の偉業

3月4日(日)。夕凪CC(サイクリングクラブ)3月のクラブランの下見を兼ねて、夕凪CCの重鎮3名と岐阜県大垣市から木曽川、揖斐川、長良川の3つの川が合流する「木曽三川」を走ってきました。
まだ薄暗いJR大阪駅でランドナーを分解して輪行袋に収納。




集合時間の7時に4人が合流して車上の人に、旅費を安く上げるために青春18切符を使用、私が60歳、他の3人は70歳が2人、73歳が一人、それでも青春18切符が使えるのはありがたいJRのお得切符であります。7時15分発の新快速で出発、途中JR米原駅で
乗り換え、大垣駅には9時40分に到着、約2時間半の長旅、大垣で自転車を組み立てて
先ずは水門川沿を南下。



途中、船町の神社の湧き水で水分を補給。







船町港跡にあった木造の灯台。



さらに水門川を下り。




やがて揖斐川の支流、牧田川の水門に出る。何処かで見たような景色、そう京都府久御山町にある小椋池の一口(いもあらい)にそっくりな場所でした。




そして養老大橋を渡り揖斐川沿いを走ります。



しばらく走って根古地地区に到着。ここで、宝暦3年(1753年)木曽三川(木曽、長良、揖斐)の洪水多発地域の治水事業を江戸幕府に命じられた薩摩藩義士の儀没者の墓を見学。
薩摩藩家老、平田靭負(ひらたゆきえ)が鹿児島県から1200キロもあるこの地に950人あまりを引き連れ過酷な治水事業にあたり、なれない土地での土木工事で体を弱らせて病気で亡くなったり、今で言うストレス(幕府に対する抗議)で切腹して亡くなった人が84人。そのうちの24名がここに祀られていました。(薩摩藩儀没者の慰霊塔)


海津市に入って「海津市歴史民俗資料館」を見学。


この資料館は木曽三川の治水に関する歴史やさまざまな資料を展示。
興味が湧いたものを写真で撮ってきました説明すると長くなるので画像を拡大してお読みください(ズボラかましてます汗”)












薩摩藩家老、平田靭負(ひらたゆきえ)宝暦治水の責任者。
宝暦四年(1754年)から五年にかけて薩摩藩が幕府の命によって行った油島喰違堤の築提工事、大ぐれ洗堰の建設工事は川底の高さが違う木曽川と揖斐川を分断する堤防を築く工事で困難を極める難工事、多数の犠牲者(前述)と巨額の費用を費やして、1年半かけてやっと完成。その後平田靭負は薩摩藩主に工事の完成を報告したあと多額の借金や犠牲者を出した責任を取ってこの地で切腹したと伝えられています。
本当なら功績を讃えられてもいいはずなのに悲しい時代と結末に心が痛みます。





そして時代がながれ平田靭負はじめ薩摩藩義士たちの偉業を無駄にすることなく現在の木曽三川の完全分流を成し遂げたオランダ人土木工学技師「ヨハネス・デ・レーケ」氏(1842~1913)。


明治6年9月に来日して28年間、日本の河川、港湾事業を指導、明治11年に木曽三川を
自身で調査して木曽三川の現状分析と河川改修の方策をまとめた。
これに基づき明治19年改修計画が作成され翌年から工事が始まり、なんと25年間改修工事が行われ、ほぼ現在の形となったそうです。費用も当時の国家予算の12%を費やしたそうです。このデ・レーケ氏は私の地元、淀川の治水事業にも深い関係が有りまさに日本の治水事業の父と言っても過言ではないでしょう!
(平成12年にデ・レーケ氏の孫夫妻が来館したらしい)


デ・レーケ氏が設計した設計図も展示されています。興味のある方は今週末(3/11)
夕凪CCのクラブランにゲスト参加されては?





水屋(洪水の多い地域の建築法、石垣を組んで嵩上げし大事な物が洪水で浸からないように工夫された蔵等の総称)


見所満載でした。


そして養老山脈を右手に眺めながらしばらく走って。





木曽三川公園に到着。
地上65メートルのタワーに上ります。



タワーの上から平田靭負、薩摩藩義士、ヨハネス・デ・レーケ氏らが開拓した木曽三川を眺望。


先人の偉業に感動です。








そして治水神社に参拝。


その後は千本松原という背割り提(写真中央)を三重県桑名市まで走って輪行、夜10時に無事帰宅しました。と言う事で「木曽三川と薩摩藩の偉業」の巻でした。






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のんびり景色を見ながら走るのが好きです。

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